suis「猫日」が心に刺さる理由|愛猫との何気ない日々を歌った、やさしい手紙
suis from ヨルシカの「猫日(ねこじつ)」を聴いて、最初は「猫をテーマにした、かわいらしい曲」なのかなと思いました。
ところが、歌詞をじっくり聴いてみると、そこに描かれているのは猫のかわいさだけではありません。 一緒に暮らしていた時間、何でもなかった日常、そして大切な存在を見送ったあとの想い。 そんなものが、静かに詰め込まれています。
「猫日」は、2026年7月に配信されたsuisの楽曲で、TVアニメ「猫と竜」のオープニングテーマ。 作詞をsuis、作曲・編曲をキタニタツヤが担当しています。公式サイトでも曲名の読み方は「ねこじつ」とされています。
そして、この曲についてsuis本人が残した言葉を知ると、歌詞の印象がさらに変わります。 「あたりまえに勝る特別はありません」。
この一言こそ、「猫日」という曲を理解するための大きな鍵なのではないでしょうか。
「猫日」は、猫との“特別じゃない毎日”を歌った曲
猫と暮らしていると、毎日は驚くほど普通です。
朝起きれば猫がいる。 ご飯をねだられる。 足元に転がってくる。 日向で眠っている。 帰宅すると、そこにいる。
そんなことを、私たちはいちいち「特別な出来事」とは思いません。
でも、その日常が突然なくなったときに初めて気づく。
あの日々は、何よりも特別だった。
「猫日」が優しいのは、そんな“何でもなかった日々”そのものを大切に描いているところです。
「大切だった」ではなく、「いつもそこにいた」
この曲には、猫を「かわいい」「大好き」と説明するだけではない表現がたくさん出てきます。
日向を探すこと。 足元に転がってくること。 こちらを見つめること。
どれも、猫と暮らしたことがある人なら「ああ、分かる」と感じるような、とても小さな仕草です。
ここが「猫日」の大きな魅力だと思います。
猫との思い出を、特別なイベントではなく「生活」として描いている。
ペットとの思い出というと、誕生日や旅行、写真に残るような出来事を思い浮かべがちです。 でも、本当に忘れられないのは、案外そういうものではありません。
いつもの場所で寝ていた姿。 名前を呼んだら振り向いたこと。 何となくこちらを見ていたこと。
そういう、誰にも話さないような小さな記憶こそ、時間が経つほど大切になっていくのだと思います。
「愛される猫」ではなく、「愛を分かっている猫」
特に印象的なのが、猫が人間からの愛情をちゃんと見ているように描かれているところです。
猫は言葉を話せません。 だからこそ、私たちは「この子は分かってくれているのかな」と考えることがあります。
でも「猫日」では、むしろ逆。
猫のほうが、人間の愛情を見抜いている。
これは、ペットを亡くした経験のある人ほど胸に響くのではないでしょうか。
「もっと遊んであげればよかった」 「もっと撫でてあげればよかった」 「もっと大切にすればよかった」
そんな後悔は、ペットを愛していた人ほど抱えてしまいます。
だからこそ、この歌の猫は、
「ちゃんと分かっていたよ」
と言ってくれているようにも感じます。
一番切ないのは、「特別にしたくない」という気持ち
「猫日」の中で、個人的に特に心に残るのが、猫と過ごす日々を「特別には、したくない」と考える感覚です。
普通なら、大切な思い出は「特別なもの」にしたくなるはずです。
でも、大切な存在がいなくなったあとに本当に戻りたくなるのは、記念日のような一日ではない。
何でもなかった、あの一日。
猫がいて、いつも通りに過ごして、いつも通りに眠った日。
「猫日」は、その感覚をとても美しく言葉にしているように思います。
「君と見間違うためのダミー」が描く、喪失のリアル
曲の途中には、亡くなった存在をふと見間違えてしまうような感覚を思わせる表現も登場します。
似た猫を見かけたとき。 家の中で何かが動いた気がしたとき。 いつもの場所を無意識に見てしまったとき。
頭では「もういない」と分かっているのに、生活の感覚だけが追いつかない。
ペットを亡くした人なら、一度は経験するかもしれない「まだいるような気がする」という感覚です。
「猫日」は、ただ優しく慰めるだけではありません。 ちゃんと、愛する存在を失ったあとの寂しさや混乱にも触れています。
それでも最後には、「また会える日」へ
それでも、この曲は悲しみだけで終わりません。
最後には、いつかまた会うことを思わせる「待ち合わせ」というイメージが出てきます。
それは、死後の世界を具体的に説明するようなものではありません。
ただ、
「いつかまた会えたらいいね」
という、残された側の優しい願いがある。
だから「猫日」は、ペットとの別れを無理に乗り越えようとする歌ではないのだと思います。
悲しみを抱えたまま、それでも一緒に過ごした日々の続きを生きていく。
そんな歌なのではないでしょうか。
「猫日」というタイトルにも、この曲の想いが詰まっている
「猫日」は「猫の日」ではなく、「猫日(ねこじつ)」。
「猫の日」と聞くと、年に一度の特別な日を想像します。
でも「猫日」は、もっと日常に近い言葉です。
猫が足元にいる日。 猫と一緒に眠る日。 猫を撫でる日。 猫に名前を呼びかける日。
つまり、猫と過ごした一日一日が「猫日」だったのではないでしょうか。
だからこそ、suisの「あたりまえに勝る特別はありません」という言葉が、とても深く響きます。
「猫日」は、ペットの死を歌った曲ではなく、“生きていた時間”を歌った曲
「猫日」を聴いて一番感じるのは、これは単純な「ペットロスの歌」ではないということです。
もちろん、別れの悲しさはあります。 いなくなった寂しさもあります。
でも、それ以上に強く感じるのは、
「君と一緒に過ごせてよかった」
という気持ちです。
ペットを亡くしたとき、私たちは最後の日や病気のことばかり思い出してしまうことがあります。
でも本当は、その子と過ごした時間のほとんどは、もっと普通の日だったはずです。
ご飯を食べて、眠って、遊んで、こちらを見て。 そんな何千、何万という「何でもない日」が積み重なって、一緒に生きた時間になっていた。
「猫日」は、その何でもない日々こそが、かけがえのないものだったと気づかせてくれる曲です。
ペットを愛したことがある人に、ぜひ聴いてほしい
だから、「猫日」は猫を飼ったことがある人だけの歌ではないと思います。
犬でも、鳥でも、うさぎでも。 大切な動物と暮らした経験がある人なら、きっと自分の記憶と重なる瞬間があるはずです。
「あの子も、こんなことしてたな」
「そういえば、毎朝ここにいたな」
「あの頃は、それが当たり前だと思ってたな」
そんな記憶を、そっと思い出させてくれる。
そして、思い出したあとに少しだけ、
「一緒に過ごせて、本当によかったな」
と思わせてくれる。
それが「猫日」の一番素敵なところなのだと思います。
「猫日」について
suis from ヨルシカ「猫日」は、TVアニメ「猫と竜」のオープニングテーマとして2026年7月17日に配信リリース。
作詞はsuis、作曲・編曲はキタニタツヤ。公式コメントでは、suis自身が「当たり前の日々」のかけがえのなさと、また出会える日までその記憶を抱えて歩んでいく想いを語っています。

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